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辰年 新春をお健やかにお迎えのこととお慶び申し上げます。
政治・経済や3.11東日本大震災の激動激震混迷の2011年の余波はずっと続くと思われますが、
大地にしっかりと足をつけ、一歩一歩進んでいきたいと思います。
コラム管理人が出産で間があいたことをお詫び申し上げます。
その上、異常なほどの忙しさに、題材(ネタ)はたくさんありますが、書いている時間がありませんでした。
昨年は3,079時間働きました。働きすぎです!
本年の年賀状を紹介します。
啄斎(1817/文化14年─1887/明治20年)の龍に登場していただきました。
社寺を飾る彫刻の中でも、龍ほど主役を演じ、数の多いものは他にはありません。
人々は何を龍に求めたのでしょうか。
『龍の本」土屋禮一(ビジョン企画出版社・発行)より下記引用
──そもそも、タツとは「起つ」の意で、リュウも「登」という音から転訛したと聞く。
そういえば他の動物はみな水平に進むが、龍だけは天に昇る動物である。
足があるとはいっても、龍が尾をふり大地を歩く姿はあまり美しいとは思えない。
やはり天の象徴でなくてはならない。
龍は、首から腕の付け根、付け根から腰、腰から尾まで、長さがみな等しいということで、
これを「三停」といい、古来画家はこの「三停九似」の説をもって龍を描いたという。
「九似」とは、角は鹿、頭は駝(らくだ)、耳は牛、目は兎、項(うなじ)は蛇、鱗は鯉、
腹は蜃(みずち)、手は虎、爪は鷹に似ているのだそうだ。
ただ、目だけは「エビ」や「鬼」という説など、書かれたものはいろいろある。──
──その形に九種の動物に似た点がある。
頭の駝(駱駝)に似たる、角の鹿に似たる、眼の鬼(兎)に似たる、耳の牛に似たる、
項の蛇に似たる、腹の蜃に似たる、鱗の鯉に似たる、爪の鷹に似たる、掌の虎に似たるがそれだ。
(明の李時珍著『本草綱目』にある爾雅翼からの引用)
年賀状では判別できないので、詳細な写真も紹介します。
室内の書院の欄間にでも入っていたものでしょうか。
風雨に汚れることもなく、つのやひげも健在で、信じられないほどの出来具合です。
ひげも含めて厚みもあるので、どこに使われていたのか不思議です。
彫刻の題材の多彩さは啄斎の右に出る者はいないかと思われます。
眼をつくっている素材は一体何でしょうか。
私たちは天地の未来を龍に重ねて見ているのでしょうか。
現物を見たい人は連絡の上、どうぞお越しください。
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